PlayOnline・FINALFANTASY XI の歴史

FINALFANTASY XI 発表から製品版発売までの歴史を追っていく。


時期
内容
1999/09/19
スクウェア(当時)がPlayStationで2000年3月までに発売予定のFF9の製作発表会を
1999年11月23日に行うことを発表する。
1999/09/21
スクウェアが2001年3月期(2000年4月〜2001年3月)に発売予定のFF10を通信対応とすることを明らかにする。
1999/09/23
11月23日に行われる予定の新作発表会「スクウェアミレニアム」の内容を一部紹介。
FF9とPS2で製作中のゲームを発表する、とだけ公開された。
1999/10/22
スクウェアミレニアムの開催を2000年1月29日に延期。
2000/01/29
スクウェアのプライベートイベント「スクウェアミレニアム」がパシフィコ横浜で行われる。
プレスのみの発表会ではなく、事前に雑誌などから応募した約5,000人の一般人も招待して行われた。ここで初めて「FINAL FANTASY XI -Online Another World-」を発表。ドラマ形式のイメージ映像や、イメージイラストなどの静止画が公開される。発売は2001年
夏頃とリリースされる。

※当時、大半の人は2000年7月14日に発売予定(後に7日に変更)だったFF9に関する
発表だと思っていたため、9だけでなく10、11とオンライン構想(PlayOnline)が発表され、時代先取りの内容となったためニュースにも大きく取り上げられ、翌日の株価は公開来最高値(19,800円)を付けた。前月までの平均が7,000円前後であったことから、相当な期待がかかっていたと考えられる。
しかし当時、国内初の安価なブロードバンド(ADSL)が始まったばかりで、11ヵ月後の2000年12月にやっとNTTがフレッツADSLを開始するというレベルだった。ADSLの加入者数も製品版発売7ヶ月後の2001年12月にやっと100万人を超え、国内のインフラ整備がPOL構想に比べかなり遅れていた。
映画事業の失敗による資金不足も重なり、当時の構想のほとんどは計画段階で
中止・消滅した。同名の月刊誌も刊行されたが2001年3月の33号?をもって休刊となる。
※なお、ジョブのイラストは20周年記念サイト「We are Vana'diel」内で野村氏が描いたものであることが明かされた。この発表会以来、公開されていなかったため、実に22年ぶりとなる。

サブタイトルが付いていた

モンハンのようなイメージも

初期のジュノか?

シリウスの洞窟らしい

ジョブ毎のイラストも

POLでのチャット風景
記事:[impress] [M.T.M] [Intermezzo株価] [Techside]
動画:[Youtube]
2000/02/08
日経にて「スクウェアが新構想着々、日本版AOL目指す」と報じられる。
皮肉にもアメリカでITバブルが弾ける寸前であった。
2000/02/09
FF11はPS2版とWindows版が同時発売と報道される。
2000/03/03
PS2で計画されていたコンテンツネット配信構想「e-Distribution」は2001年サービス
開始に向け調整中という報道。ケーブルテレビ(CATV)の通信網を使い、サービス
開始と共に25GBのハードディスクとCATV用のケーブルモデムを発売する予定
という内容。
2000/03/04
PlayStation2 発売。
2000/03/07
FF11の発売予定を2001年秋頃に延期。
2000/03/12
「PlayOnlineの目標は世界で1,000万会員」と報道される。2001年春に
「劇空間プロ野球2001(仮)」「TYPE-S 2(仮)」「FF11」にPlayOnlineを同梱予定で、
最終的に世界で1,000〜2,000万人の会員数を実現できれば、料金も月額280円程度に
出来る、という内容。

※劇空間プロ野球2001、TYPE-S 2(レーシングゲーム)は共に発売されることはなく、
お蔵入りとなった。
2000/04/11
PlayOnlineのβテストを2000年秋頃に行うと発表。
2000/06/06
Web版PlayOnlineスタート。ゲーム情報だけでなくスポーツ情報などPlayOnlineと
連動するスポーツゲームにも焦点を当てた構成となっている。

音楽が流れる仕様
2000/06/08
PS2専用ハードディスクが2000年冬に発売されるとの報道。
2000/07/07
FINALFANTASY IX 発売。
2000/08/02
スクウェア、東証一部に上場。上場初日の終値は5,730円。
2000/夏頃
(この頃 PlayOnline Viewer β版に松野泰己氏がプロデューサーとして参入したようだ。)
2000/11/18
スクウェアと集英社が合弁会社を設立するとの発表。ジャンプのPlayOnline配信を
主目的とし、発売週の土曜に配信できるようにするといった構想。
インフラの未整備と開発の遅れにより、PlayOnlineの本格実施を2001年春から
2001年末に延期するという発表。FF11もそれに合わせ2001年冬にテストを行い、
2002年春に発売予定に変更。

※この頃からPlayOnline構想に陰りが見え始める。
2000/12/21
ドリームキャスト用オンラインゲーム、ファンタシースターオンラインが発売。
日本で最初に成功した家庭用ゲーム機用オンラインゲームと言える。
2001/01/20
FF10の発売延期により創業以来始めて赤字転落になる見通しを発表。
2001/02/08
坂口博信氏が引責辞任。プロデューサーとして専属契約になる。まだ映画が公開される
前なので映画が原因で引責辞任したわけではない。
2001/冬〜春
この頃、各社からPS2用モデムが発売され始める。
2001/04/18
ハードディスクが内蔵可能な新型PS2が発売される。ハードディスクは夏以降の発売と
報道。

※SCEのオンライン構想も国内インフラ整備の遅れからさらに遅れることとなる。
2001/05/09
PS2 Linux Kit β版の予約が始まる(実際の発送は7月頃)。PS2に初めてハードディスクが搭載されたことにより、FF11への環境も徐々に整いつつあった。

赤いHDD箱。25,000円。
2001/05/24

FF11の発売を2002年3月に、PlayOnlineの課金を4月から行うという発表。
200年11月からβテストを開始。大よその価格が決定する。FF12はオンライン・オフライン両対応にする予定とコメント。

※FF12はオフライン専用になる。

2001/06/11
映画「Final Fantasy:The Spirits Within」が米国で公開される。様々な理由により
興行的に失敗し、会社の財政状況が悪化。PlayOnline構想も大きく姿を変えていく
ことになる。
2001/06/19
PlayOnlineを事業化するべくナムコ・エニックス・スクウェアの3社が連携し、国際化とマルチプラットフォーム化を実現するためにプレイオンライン事業準備室を設立すると発表。オンラインゲーム開発やゲームセンターの展開も狙ったものと見られる。

※各社の思惑の違いか、事業の実現性の不透明さか不明であるが後にこの連携は
解消される。
2001/06 頃
他のISPとPlayOnlineが相互接続するために必要となってくるAS番号の申請が受理される。
登録名はPLAYONLINE
2001/07/19
FINALFANTASY X 発売。 付属DVDにFF11とPlayOnlineの映像が添付される。
内容はFF11の開発中の映像と、PlayOnlineのショートドラマ。FF11のβテストが
2001年冬頃開始と表示される。

詳細は以下のリンクを
記事:[マイケルサイト]
動画:[Youtube] (*一部)
PS2用ハードディスクが試験的に先行発売される。出荷台数は外付け・内蔵合わせて10,000台程度と少なく、後々問題となってくる。
2001/07/24
PlayOnlineのβテスター募集が8月1日から行われることが発表。9月にSR(Selected Reporting)モニターを500名募集。10月に第2期、12月にFF11のβテスターを募集。本サービスは2002年3月の予定で据え置き。前出のハードディスク所持者のみが
応募できるという狭き門だった。画面写真やPlayOnlineのサービスイメージも
同時に公開される。

イフリート?
WSのようなエフェクト

ゲルスバのようなところ
2001/07 頃
IPアドレスの割り当てを代行する、IPアドレス管理指定事業者の認可が下りる。
これにより外部と接続する準備が整った。
2001/09/11
アメリカ同時多発テロ発生。
2001/09/15
映画「Final Fantasy:The Spirits Within」が日本で公開。初週の興行収入は2位、
第2週は5位と振るわず。ちなみに1位はこの2ヶ月前に公開された「千と千尋の神隠し」で、2008年現在でも国内興行成績トップ(304億円)の座にある。
(FFは制作費140億円、興行収入30億円)
2001/09/18
PlayOnline.comにて第2期PlayOnlineβテストTPモニターを募集。10月中旬から実施で
初期は2,000人規模から数万人規模まで拡大予定と公表。
2001/09/23
FF11がXBOXに参入するのではないかという噂が流れる。
2001/09 頃
FF:U のCM枠などでPlayOnlineのCMが流れる。内容はゲーム内外の業界人が
ゲームについて賛否両論するというもの。このようなある意味で業界にとっても
挑戦的なCMは珍しく、声優の椎名へきる さん、(現)エンターブレイン社長 浜村弘一
さんなどが登場し話題となる。最後に坂口博信さんが「今度のファイナルファンタジーは
人間が相手です。PlayOnline。」と締めくくる。
このとき既に肩書きは「ゲーム作家」となっている。

梨元さん

浜村さん

大槻教授

イメージ画像

ゲーム作家 坂口さん

βテスター募集
動画:[Youtube]
2001/10/03
日経が「スクウェア、映画事業撤退へ FF不振で100億赤字」と報道。
2001/10/03
朝日が「先行投資の負担が大きいオンライン事業も縮小する」と報道。
以後、坂口氏の退陣などもありPlayOnline構想は大きく変わっていくこととなる。
2001/10/10
「SCEがスクウェアの第三者割当増資149億円を引き受け、スクウェアの第2位株主に」と
報道。
2001/10/11
PlayOnline第1期βがスタート。
2001/11/20
FF11の公式サイトがプレオープン。βテスターの受付を開始。
プレオープン中のトップFLASHは奇しくも、逆風の中生まれようとしていた
FF11自体と重なるものがある。

はじまりのFLASH
FLASH:[WebArchive]
2001/11/22
ヴァナ・ディールライブカメラ中継を開始。初期三国とヒュム、エルヴァーン、タルタルのみ
紹介されていた。PC版の発売もPS2と同時ではないことが判明。
2001年9月期決算においてPlayOnline事業の縮小を発表。ゲーム機能に特化し、
マンガ、音楽配信などの機能を当面見合わせることとなった。既にPlayOnline構想は
形骸化しつつあったが、この発表により約2年前に発表されたPlayOnline構想は
完全に崩れることとなった。これにより損益分岐点を20万会員にまで下げることが
可能となった。2008年現在、音楽配信はやっと普及し始めたが、電子書籍は
まだまだこれからであり、夢の実現には時代が追いついていなかった。
2001/12/04
2002年3月期決算資料を公開。その中で「25万人程度の会員数を見込んでいる」
との記述がある。この目標は後に達成されることとなる。
2001/12/10
この頃、第1期FF11βテスターにβキットが送付される。
2001/12/12
SCEが2002年4月からPS2でブロードバンドサービスを行うと発表。
後のPlayStationBBである。これもPlayOnline構想に似ていたが、
同じように縮小していった。
2001/12/17
PS2「FINALFANTASY XI β」が開始される。以後、βに関する出来事はβの歴史を参照。

初代公式サイト
参考:[WebArchive]
2001/12/22
「スクウェア オンラインパーティ 2002」が東京国際フォーラムで開催。
5,000人が招待され、βテスター以外でもFF11を実機で触ることが出来た。(15分程度)
ビデオチャット用の機器の販売も計画されていたようだ。
会場ではβキットとモデムのセット販売がされ、飛ぶように売れていたらしい。
また抽選会ではおよそ1/3の人にβキットが当たったらしい。

参考:[ファミ通] [ASCII24]
2001/12/25
この頃、第2期FF11βテスターにβキットが送付される。
2002/01/08
この頃FF11βテスターの増加によりPS2用のハードディスクの入手が困難となる。
以後、需要過多の状態が続き、FF11をプレイする上での大きな「関門」となる。
またハードディスクに不良があることが判明し、交換する羽目になった人も多数。
ヤフーオークションでも高騰し、定価18,000円が50,000円以上で取引されるものも。
2002/01/25
ネットワーク運用者の研究会JANOGのミーティングにて、当時FF11の心臓部
システム・ネットワーク部門のトップであった伊勢氏が発表。
ネットワーク処理方式とβではこれまでに約10Mbyteのパッチをあてたと語る。
伊勢さんの今後やりたいこととして「P2Pでボイスチャット」「60フレームのリアルタイムバトル」「クエストコンプ時のご褒美ムービー配信」を挙げていた。
(*初期段階ではFF11サーバ群はNTTcom大手町データセンタにあったらしいが、現在は
四国の某県に移ったのだとか。本当かどうかは知らない。伊勢さんはFF11を見届けた後、ライブドアにヘッドハンティングされ、現在はライブドアの執行役員となっている。)

参考:[JANOG9での発表資料] [伊勢さんの発言ログ(2人目)]
2002/02/06
公式のFF11βテスターの募集が終了する。以後1ヶ月程度、少数だがキャンペーンなどで
βキットを抽選で手に入れることが出来た。
2002/02/14
Vana'diel Streaming Testがスタート。動画でヴァナ・ディールの中継が見られるようになる。
2002/02/20
FINALFNATASYのオーケストラコンサート「MUSIC from FINAL FANTASY 20020220」が
開催。コンサートの最後にFF11のオープニングムービーを初公開する。
2002/02/22
FF11の発売を4月以降に延期。
2002/02/28
FF11の発売日と価格が正式決定。
2002/05/16(木) 7,800円(税抜) 月額1,280円(税抜)
2002/04/12
PSBB Unit(ハードディスク)の販売予約が各ISPから順次行われる。
しかしハードディスクの供給量は依然として少なく、入手困難に。
2002/04/?
Windows版の発売が年内目標に変更。
2002/04/26 24:00
FINALFANTASY XI βテストが24時頃終了。
2002/04/30
ヴァナ・ディールトリビューンが公開。

参考:[第00号]
2002/05/01

SCE、FF11のCM「ひとりじゃねーよ篇」を放映開始。
*「ひとりじゃねーよ篇」は、FF11をやっている兄に対して妹が「また一人でゲーム?」
と問いかけるが兄は「一人じゃねーよ」と呟くというもの。「引きこもり」を彷彿とさせる
内容だったためあまり印象は良くなかったようだ。

参考:[ニコニコ動画]
公式ストリーミングサイト「Vana'diel Wind」が開始。

様々なイベント動画が
2002/05/10

スクウェア版FF11CMが公開。ややダークなイメージのCM。


全体的に暗め

前衛的な雰囲気

みなで/wave
参考:[Youtube] 恐らくこれか?
そして・・・・・・
2002/05/16 12:00



FINALFANTASY XI 製品版サービススタート。
スタートと同時に様々な問題が起こり、安定までにしばらく時間を要したものの
発表から2年と4ヶ月を経てFF11はついに飛び立った。

- 製品版へつづく -






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